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バングラデシュの日野バス——AKシリーズが支えた40年と転換期
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バングラデシュの日野バス——AKシリーズが支えた40年と転換期

日野AKシリーズのバスシャーシは40年以上バングラデシュの公共交通を支えてきた。日本では見られない極彩色の装飾、歩合制が生むバスレース、そしてインド勢台頭による転換期。海外で活躍する日野の知られざる姿を追う。

ダッカの大通りを、極彩色のバスが走り抜けていく。車体には赤、青、金の装飾が施され、フロントグリルには見慣れたようで見慣れない「HINO」のロゴ。クラクションを鳴らし続けながら、隣のバスと並走し、1台でも多くの乗客を乗せようと競い合う。

日野自動車といえば、日本ではブルーリボンやセレガといった路線バス・観光バスのイメージが強い。しかしバングラデシュでは、日本では見たことのないデザインのバスに「HINO」の文字が刻まれている。AK1JRKAをはじめとする日野AKシリーズ。日本国内では販売されていない、海外専用のバスシャーシだ。

この記事では、バングラデシュの喧騒の中で走り続ける日野バスの姿を追う。

出典: YouTube

日野AKシリーズとは何か——日本では売られていないバスの系譜

日野自動車は1942年設立のトヨタグループの商用車メーカーだ。総販売台数の7割以上が海外向けで、世界93カ国に展開している。日本国内ではいすゞと合弁会社J-Busを設立し、ブルーリボンやレインボーといった路線バスを生産しているが、海外向けには全く別のラインナップを持っている。

その一つがAKシリーズだ。

AKシリーズは日野の大型バスシャーシで、東南アジア・南アジアを中心に販売されている。バングラデシュで多く走るAK1JRKAは、全長約11メートル、車両総重量14,200kgの12メートル級シャーシだ。

AK1JRKAの主要スペック

項目
エンジンHINO J08C 直列6気筒 SOHC 24バルブ 自然吸気
排気量7,961cc
最高出力210PS / 2,900rpm
最大トルク56.5kgf・m / 1,500rpm
トランスミッションHINO LJ06S 6速MT
駆動方式FR(後輪駆動)
ホイールベース5,800mm
全長11,080mm
全幅2,410mm
車両総重量(GVW)14,200kg
最高速度112km/h

約8リッターの自然吸気ディーゼルに6速マニュアル。ターボもインタークーラーも付いていない。電子制御も最小限だ。この素朴さが、新興国の整備環境では大きな強みになる。部品が壊れても現地の整備工場で直せる。複雑な電子制御がないから、診断機がなくても手で触って原因を探れる。

AKシリーズにはいくつかの世代がある。旧世代のAK3HRはH07Dエンジンを搭載し190PSを発揮した。現行のAK1Jシリーズは排気量を7,961ccに拡大し210PSへ。さらに新世代のAK8JシリーズではJ08Eエンジンに換装され、Euro 3排出ガス規制に対応している。

Shah Fote Ali社の日野AK1Jコーチ。Aftab Automobilesによるボディ架装
出典: Shadman Samee / Wikimedia Commons

なぜ日野はバングラデシュで選ばれてきたのか

バングラデシュにおける日野バスの歴史は40年以上に及ぶ。

1967年に設立されたAftab Automobiles Limitedは、バングラデシュ唯一の日野・トヨタ正規アセンブラーだ。1982年にトヨタと日野の車両組立を開始し、チッタゴンのFouzderhat重工業団地に約12.33エーカーの工場を構えている。年間生産能力は3シフト体制で2,400台。イタリア製の全自動塗装ブースも導入し、国際水準の品質を追求してきた。

ある時期まで、バングラデシュの路上バスの大多数が日野ブランドだったとされる。なぜ日野が選ばれてきたのか。

1つは耐久性だ。バングラデシュの道路は舗装率が約30%で、日本の高速道路のような平滑な路面は望めない。穴だらけの道を、定員をはるかに超える乗客を乗せて、1日に何百キロも走る。その過酷な環境で壊れにくいシャーシが求められた。

2つ目は整備のしやすさ。自然吸気の直6ディーゼル、機械式の空気油圧ブレーキ、リーフスプリングのサスペンション。構造がシンプルだから、高度な診断機器がなくても整備できる。40年の蓄積で現地に部品流通網と整備ノウハウが根付いた。

3つ目はトヨタブランドとの連想だ。日野はトヨタの子会社であり、バングラデシュではAftab Automobilesがトヨタ・ランドクルーザーの組立も手がけている。「トヨタの商用車」という信頼が、日野バスの選択を後押しした。

裸のシャーシが「バングラデシュのバス」になるまで

日野のバスは、完成車としてバングラデシュに届くわけではない。

シャーシ、つまりフレーム・エンジン・駆動系だけの状態で輸入される。その裸のシャーシに、現地でボディが架装される。座席の配置、窓の形、外装のデザイン。すべてがバングラデシュの手で作り上げられる。

だからこそ、バングラデシュの日野バスは日本の日野バスとは全く異なる姿をしている。

各バス事業者が独自のカラーリングとデザインを施す。Shyamoli、Desh Travels、Soudia、Ekushe Express。事業者の名前が車体に大きく描かれ、鮮やかな色彩で塗り分けられる。バングラデシュにはユネスコ無形文化遺産に登録されたリキシャアートの伝統がある。極彩色の手描き装飾で乗り物を飾る文化が、バスにも息づいているのだ。

同じ日野AKシャーシでも、事業者によって全く違うバスに見える。それが、バングラデシュのバスの奥深さであり、日本では見られない日野の姿だ。

ダッカのEkushe Express。事業者独自のカラーリングが施された日野バス
出典: CAPTAIN RAJU / Wikimedia Commons

バングラデシュでの日野バス価格帯

仕様価格日本円換算
AK1J シャーシのみ530〜550万BDT約900〜930万円
AK1J 車体・座席付き700〜750万BDT約1,190〜1,275万円
AK1J エアコン装備フル仕様950万BDT約1,615万円
RM2 完成車フルエアコン1,500万BDT約2,550万円

シャーシ価格は約900万円。車体架装とエアコンを含めると1,600万円近くになる。日本のバスと比べれば安いが、バングラデシュの物価を考えれば決して安い買い物ではない。

裸のバスシャーシと完成した極彩色の装飾バスの対比

爆走するダッカのバス——歩合制が生む「死のレース」

バングラデシュのバス文化を語るうえで避けて通れないのが、「バスレース」の問題だ。

バングラデシュのバスドライバーの多くは固定給をほとんど受け取っていない。収入は乗客数に応じた歩合制だ。同じ路線に複数の事業者のバスが同時に走り、先にバス停に着いた車両が乗客を獲得する。遅れたバスには客が乗らない。文字通りのゼロサムゲームだ。

バスは3人1組で運行される。ドライバー、客引き、運賃回収係。この3人がバスの中で寝泊まりしながら、毎日ルートを走る。乗客が少なければ、その日の食事にも困る。だから走る。対向車線にはみ出してでも、前のバスを追い抜こうとする。

ダッカではバングラデシュ全体の都市バス事故の40%以上が発生している。バスと歩行者の衝突事故は、その3分の2から4分の3が死亡事故に至る。年間の交通事故死者数は推定25,000人。2018年7月にはスピード競争中のバスに学生2人が轢かれて死亡し、数万人規模の学生デモに発展した。

YouTubeやTikTokには「bus er race(バスレース)」「bauli master(スワーブの達人)」といったベンガル語のタグが付いたバスの爆走動画が大量に投稿されている。一部のチャンネルは総再生数3,800万回を超える。その映像に映るバスの多くに、「HINO」のロゴが見える。

日野のタフなシャーシが、この過酷な環境で走り続けている。それは日野の耐久性の証明であると同時に、バングラデシュの交通が抱える構造的な問題の縮図でもある。

転換期を迎えた日野バス——インド勢の台頭とシェアの急落

40年にわたりバングラデシュのバス市場を支配してきた日野だが、2020年代に入って状況は一変した。

Aftab Automobilesの日野バス販売台数は、2017年度の704台から2024年度にはわずか21台へと急落している。同じ年にインドのアショック・レイランドは937台を売り上げた。

衰退の最大の要因は価格だ。アショック・レイランドやタタ、アイシャーといったインド系メーカーのバスは、日野の40〜50%の価格で手に入る。長距離路線でも十分な性能を持ち、バス事業者にとっては投資回収が早い。

もう1つの要因は、エアコン付きバス市場への対応の遅れだ。バングラデシュの長距離バスは急速にエアコン仕様が主流になりつつあるが、日野はこの市場への製品投入が遅れた。高級路線のRM2やRN8はあるものの、価格帯が高く普及には至っていない。

さらに、Aftab Automobiles自身の経営難も影を落とす。外貨不足によるLC(信用状)の開設困難、1,000クロール(約170億円)を超える負債。日野のシャーシを輸入したくてもできない状況が続いている。

日野自動車本体も2022年のエンジン認証不正問題を経験し、2025年にはダイムラートラック・三菱ふそうとの経営統合に向けた持株会社「Archion」の設立で最終合意した。日野というブランドそのものが、大きな転換期にある。

バングラデシュの幹線道路を走る装飾された日野バス

それでも、日野はバングラデシュの記憶に刻まれている

販売台数は激減した。シェアはインド勢に奪われつつある。それでも、バングラデシュの路上には今なお無数の日野バスが走っている。

40年間で蓄積された車両は簡単にはなくならない。部品供給網も整備ノウハウも、一夜にして消えるものではない。ダッカからチッタゴンへ、シレットからバングラデシュ南東部のリゾート都市であるコックスバザールへ。何百万人もの人々の足として、日野のシャーシは今日も走り続けている。

日本では路線バスとして静かに街を巡る日野。バングラデシュではクラクションを鳴らしながら、極彩色の装飾をまとって大通りを駆け抜ける日野。同じメーカーのバスが、海を越えると全く違う姿になる。

日本のクルマづくりは、乗用車だけの話ではない。日野のAKシャーシは、見知らぬ国の日常を40年間支えてきた。

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バングラデシュの首都ダッカの平均走行速度は時速4.8km。人が歩くのとほぼ同じ速さだ。世界で最も渋滞が深刻な都市の一つとされ、バスが「爆走」できるのは都市間の幹線道路に限られる。ダッカ市内では、あの派手なバスも渋滞の中でじっと動けずにいる。

日野AK1JRKAとはどんなバスか

日野自動車が海外市場向けに生産している大型バスシャーシだ。全長約11メートル、車両総重量14,200kg。7,961ccの直列6気筒自然吸気ディーゼルエンジンを搭載し、210PSを発揮する。日本国内では販売されておらず、東南アジアや南アジアで広く使われている。

なぜバングラデシュで日野バスが多いのか

1982年からAftab Automobiles Limitedが日野車両の組立を開始し、40年以上にわたって供給を続けてきたためだ。シンプルな構造による整備のしやすさ、過酷な道路環境に耐える耐久性、そしてトヨタグループとしての信頼が支持された。ただし近年はインド系メーカーの台頭により、シェアは急速に縮小している。

バングラデシュのバスはなぜ「爆走」するのか

ドライバーへの報酬が乗客数に応じた歩合制であることが根本的な原因だ。同一路線に複数のバスが走り、先にバス停に着いた車両が乗客を独占する。この構造が危険な速度競争を生み、年間推定25,000人の交通事故死者につながっている。