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25年ルールで2001年式が解禁——R34 GT-RやS15がアメリカへ
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25年ルールで2001年式が解禁——R34 GT-RやS15がアメリカへ

アメリカの25年ルールにより、2026年に2001年式の日本国内専売車が輸入解禁される。R34 GT-R、S15シルビア、ランエボVIIなど注目モデルと、R32の前例から読み解く市場への影響、そして海外流出に揺れる日本の読者感情を描く。

2026年、アメリカに「2001年組」が渡る

2026年、アメリカの自動車輸入規制における節目の年が訪れた。製造から25年が経過した車両は連邦自動車安全基準への適合が免除される。いわゆる「25年ルール」だ。この規定により、2001年に製造された日本国内専売のスポーツカーが、初めて合法的にアメリカの道を走れるようになる。

R34 スカイラインGT-R、S15 シルビア、ランサーエボリューションVII。日本では街で見かける存在だったクルマたちが、海の向こうでは長年手の届かない憧れだった。その封印が、いま解かれようとしている。

2001年式の日本車たちが港で船積みを待つ情景

25年ルールとは何か

アメリカでは、FMVSS(連邦自動車安全基準)に適合しない車両の輸入が原則として禁じられている。右ハンドル車や日本仕様の保安基準で作られたクルマは、そのままでは登録できない。

しかし合衆国法典第49編第30112条(b)(9)に、ひとつの例外が定められている。製造から25年以上が経過した車両は、この基準への適合義務が免除されるのだ。

重要なのは、基準日がモデルイヤーではなく「製造年月」である点だ。2001年1月に製造された個体は2026年1月に、12月製造なら2026年12月に、それぞれ輸入が解禁される。

R32 GT-Rの前例——価格は数倍に

この25年ルールがどれほどの影響を持つか。2014年に解禁されたR32型スカイラインGT-Rの前例が、それを物語る。

2010年代前半、日本国内でR32 GT-Rは走行10万kmを超える個体なら100万円台で手に入った。100万円を切る個体すら存在した。ところが米国市場が開いた途端、状況は一変する。海外バイヤーが日本のオークションに殺到し、落札価格は約2.5倍にまで跳ね上がった。

2020年代の現在、日本国内のR32 GT-R平均相場は約700万円。米国では5万〜7万ドル超で取引されている。20年以上にわたって豪州、英国、中東と、段階的に各国のバイヤーが参入してきた結果、日本国内の在庫は大きく減少した。米国は最後にして最大の市場として、残された個体の争奪戦を加速させた。

2001年式のスポーツカーにも、同じことが起きる可能性は高い。

2026年に解禁される注目モデル

日産 スカイラインGT-R V-Spec II(BNR34型)

2001年式で最も注目を集めるのは、間違いなくこのクルマだ。

RB26DETT型2.6リッター直列6気筒ツインターボエンジンは280PSを発生し、ATTESA E-TS Proが4輪の駆動力を最適に配分する。2000年10月に追加されたV-Spec IIは、NACAダクト付きカーボンボンネットや強化サスペンションを備えた、GT-Rの中でもとりわけ戦闘的な仕様だ。

R34は、スカイラインの名を冠した最後のGT-Rである。映画「ワイルド・スピード」やゲーム「グランツーリスモ」を通じて世界的なアイコンとなり、アメリカでの待望度は全2001年式モデルの中で群を抜く。なお、さらに希少なV-Spec II Nürは2002年製造のため、解禁は2027年になる。

R34 GT-R V-Spec IIが都市の夜道を走るシーン

日産 シルビア スペックR(S15型)

SR20DET型2.0リッター直列4気筒ターボで250PSを発生し、6速MTとFRレイアウトを組み合わせる。S15型シルビアは、ドリフト文化を象徴する1台だ。

240SXの名で北米に輸出されたのはS14型が最後で、S15は全車が米国未販売。軽量な車体と豊富なアフターパーツが世界中のチューナーを引きつけてきた。1999年製造の初期ロットは2024年から順次解禁されているが、2001年製造分がいよいよ2026年の対象となる。

S15シルビア スペックRが峠道のコーナーを駆け抜ける情景

三菱 ランサーエボリューションVII(CT9A型)

2001年2月に登場したエボVIIは、4G63型2.0リッター直列4気筒ターボで280PSを発生する。このモデルで初採用されたアクティブセンターデフは、四駆制御を大幅に進化させた。

三菱がエボリューションを北米に持ち込んだのは、2003年のエボVIIIが最初だ。エボVIIは米国では正規販売されておらず、映画「ワイルド・スピードX2」で使用されたことが認知度を高めた。競技ベースのRSとフル装備のGSR、そしてエボ初のAT車GT-Aという3つのグレード構成も、このモデルの特徴だ。

ホンダ インテグラ タイプR(DC5型)

2001年7月に日本で発売されたDC5型インテグラ タイプRは、K20A型2.0リッター直列4気筒DOHC i-VTECエンジンで220PSを発生する。レッドゾーンの8,000rpm超まで淀みなく回るこのエンジンは、FF(前輪駆動)スポーツの到達点と呼ぶにふさわしい。

米国にはAcura RSXとして販売されたが、タイプRは設定されなかった。日本、オーストラリア、ニュージーランドだけに許された特別な仕様だ。フロントに300mmブレンボブレーキ、専用の6速MTを備え、RSX Type-Sとは明確に異なる走りを持つ。2001年7月製造のため、25年ルール上の解禁は2026年7月以降となる。

マツダ RX-7 タイプR バサーストR(FD3S型)

13B-REW型1.3リッターツインローターターボで280PSを絞り出すFD3S型RX-7。2001年8月に650台限定で発売されたバサーストRは、調整式ダンパーやカーボンファイバー内装トリムを備えた特別仕様だ。

FD3Sの米国販売は1993年から1995年のわずか3年間で終了している。それ以降の年式は完全な日本専売であり、2001年型もその1台だ。翌2002年には最終モデルのスピリットRが1,500台限定で生産され、1978年から続いたRX-7の歴史に幕を下ろした。

トヨタ マークII ツアラーV(JZX110型)

1JZ-GTE VVT-i型2.5リッター直列6気筒ターボで280PSを発生するFRセダン。初期の世代はクレシーダの名で北米にも輸出されていたが、JZX110型は日本国内専売だ。2000年代の北米市場に、このカテゴリのクルマは存在しなかった。

前後ダブルウィッシュボーンサスペンション、オプションのトルセンLSD。同じ1JZ-GTEを搭載するグランデ iR-Vには5速MTも設定された。ドリフトマシンとしても日常の足としても高い汎用性を持つこのプラットフォームは、近年海外での評価が急速に上がっている。

なぜアメリカで、これほど待ち望まれるのか

25年間もの間、これらのクルマを合法的に手に入れる術がなかったこと自体が、渇望を増幅させてきた。

映画やゲームで目にするたび、手が届かない。SNSで日本のオーナーが走らせている動画を見るたび、羨望が募る。2001年式が解禁される2026年は、その渇望が一気に解放される年になる。

加えて、2001年という年は日本のスポーツカーにとって特別な意味を持つ。280PS自主規制が形骸化しつつもなお存続し、各メーカーが技術の粋を注いだ時代。R34、S15、エボVII、DC5、FD3S——いずれも、各カテゴリの頂を極めたモデルばかりだ。

日本から見た風景——大切にしてきたクルマが海を渡る

一方で、この現象を手放しでは喜べない読者も多いだろう。

週末のワインディングで楽しんできたS15。いつか手に入れたいと思っていたR34。そうしたクルマが海外バイヤーに買われ、オークション相場が高騰し、手の届かない存在になっていく。R32 GT-Rで起きたことが、2001年式でも繰り返される可能性は否定できない。

この感情は正当なものだ。大切にしてきたクルマが目の前から消えていく寂しさは、クルマを愛する人間なら当然のことだろう。

ただ、もうひとつの見方もある。日本では新車登録から13年を超えると自動車税と重量税が重課される。維持コストの壁に阻まれ、やむなく手放す選択をするオーナーは少なくない。そのクルマが解体されるのではなく、海の向こうで大切にされ、走り続けるのだとしたら。それは、日本が生み出したクルマ文化の価値が世界に認められた証でもある。

寂しさと誇り。その両方が入り混じる感情こそ、2001年式の日本車が置かれた今の風景だ。

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25年ルールで最初に話題を呼んだ日本車のひとつがR32型スカイラインGT-Rだ。1989年8月に製造が始まったR32は、2014年8月に米国への輸入が解禁された。その影響で日本国内の中古価格は約7倍にまで上昇し、「アメリカが買い漁っている」とニュースになった。当時100万円台だった相場が700万円前後にまで跳ね上がったことで、25年ルールの威力を世間に知らしめた。