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4代目カマロとバイパーSRT-10をデザインした日本人
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4代目カマロとバイパーSRT-10をデザインした日本人

「ザ・アメリカン」な2台——4代目シボレー・カマロとダッジ・バイパーSRT-10のエクステリアは、それぞれ日本人デザイナーが手がけていた。奥山清行氏と鹿戸治氏、2人の仕事とアメリカで活躍した背景を掘り起こす。

「ザ・アメリカン」という言葉がよく似合う2台がある。1993年に登場した4代目シボレー・カマロと、2003年に大幅刷新を受けたダッジ・バイパーSRT-10だ。ポニーカーの雄として知られるカマロ、毒蛇の名を持つバイパー。どちらも生粋のアメリカ車として知られるが、それぞれのエクステリアを手がけたのは日本人デザイナーだった。

4代目シボレー・カマロ 曲線が刷新したポニーカーの姿

シボレー・カマロは1967年に誕生したアメリカを代表するスポーツカーだ。ポニーカーと呼ばれるカテゴリに属する。長いボンネットと短いトランクを持つ手頃なアメリカン・スポーツクーペのことで、フォード・マスタングが1964年に確立したスタイルだ。カマロはそのマスタング対抗馬として開発され、2台はポニーカーを代表する看板として世代を超えてファンに愛されてきた。

3代目カマロは1982年型から始まり、直線と面で構成されたくさび形のシルエットが特徴だった。そのシルエットを約10年維持した後、1993年型で4代目にフルモデルチェンジを受ける。11年ぶりの刷新だ。

4代目の外観は、3代目の印象を継承しながら面の構成を大きく変えた。角を落とした曲線と曲面の組み合わせが、力強い塊感を保ちながら流線型のシルエットを実現している。1990年代初頭、自動車デザインが「直線から曲線へ」と移行した時代の空気をまとった1台だ。

エンジンは排気量の異なるV6とV8を設定。V8にはシボレー伝統の5.7LエンジンをLT1、後期型ではLS1と世代を重ねながら搭載し続けた。2002年型をもって生産を終了するまで、約10年にわたってモデルを継続した。

4代目シボレー・カマロ Z28(1993年型)
出典: Rich Niewiroski Jr. / Wikimedia Commons (CC BY 2.5)

4代目シボレー・カマロ スペック

項目
生産期間1993〜2002年型
ボディ形式2ドアクーペ / 2ドアコンバーチブル
全長4,907mm(1993〜1997年型)/ 4,915mm(1998〜2002年型)
全幅1,882mm
全高1,300〜1,321mm
車重1,340〜1,456kg
V6エンジン(初期)3.4L OHV、160馬力
V6エンジン(後期)3.8L、200〜205馬力
V8エンジン(LT1)5.7L、275〜305馬力
V8エンジン(LS1)5.7L、310〜350馬力
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ダッジ・バイパーSRT-10 野性を研ぎ澄ました第2世代

ダッジ・バイパーが初めて市販されたのは1992年のことだ。V型10気筒エンジンを積む剥き出しのロードスターは、当時のアメリカ車の中でも突出した野性味を持っていた。サイドパイプ、幌のみのオープンルーフ、むき出しのフェンダー。実用よりも走ることそのものを優先したクルマだった。

そのバイパーが2003年型で大幅な刷新を受ける。「SRT-10」の名のもと、ボディパネルの50%以上を刷新し、エンジンも8.3Lに拡大。最高出力500馬力、最大トルク712Nmというスペックは、先代を大きく上回った。

外観は初代の野性的な印象を引き継ぎながら、より鋭いラインが加わった。高いベルトライン、張り出したリアフェンダー、サイドに刻まれた大型の空気排出口。北米国際自動車ショー、通称デトロイト・オートショーでコンセプトカーとして先行公開されたデザインが、3年の開発を経て量産化された。

空力設計にも手が入っている。高速走行時に後輪が浮き上がるリアリフトを抑えるため、風洞施設で徹底的に検証を重ねた。リアバンパー下部に整流板を追加し、路面に押しつける力を生む軽度なネガティブリフトを達成した結果がバイパーSRT-10のリアバンパーに付いた特徴的なフィンだ。

ダッジ・バイパーSRT-10(2005年ジュネーブモーターショー)
出典: Norbert Aepli / Wikimedia Commons (CC BY 3.0)

ダッジ・バイパーSRT-10 スペック

項目
生産開始2003年型(ロードスター)
エンジンV型10気筒 アルミニウムブロック 8.3L(8,285cc)
最高出力500馬力(373kW)
最大トルク525lb-ft(712Nm)
トランスミッション6速MT

この2台のボディを描いた日本人

4代目カマロのエクステリアを手がけたのは、奥山清行氏だ。アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(カリフォルニア州パサデナ)を1986年に修了後、GMのアドバンスト・コンセプツ・センターでチーフデザイナーを務め、4代目カマロのデザインに携わった。その後、ポルシェ911(996型)やボクスターのデザインを担当し、1995年にイタリアのピニンファリーナへ移籍。フェラーリ・エンツォやマセラティ・クアトロポルテといった作品を手がけ、現在はKEN OKUYAMA DESIGNを主宰している。

バイパーSRT-10のエクステリアを担当したのは、鹿戸治氏だ。大阪出身で、クライスラーのアドバンスト・プロダクト・デザインスタジオのデザインマネージャーを務めた。1999年のデトロイト・オートショーで発表されたコンセプトカー「クライスラー・シタデル」など複数のプロジェクトを経て、社内コンペでバイパーのリードデザイナーに選ばれた。

2人には共通点がある。どちらもアートセンター・カレッジ・オブ・デザインを経ている点だ。1980〜1990年代、GMやクライスラーはこの学校を主要な採用元としており、国籍よりも造形力を重視する文化があった。日本人デザイナーがアメリカのスタジオで活躍した背景には、この学校が架けた橋があった。

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奥山清行氏は4代目カマロを手がけた後、ピニンファリーナでフェラーリ・エンツォの外装デザインを担当した。エンツォのデビューは2002年。4代目カマロが生産を終えた年と重なる。アメ車のボディを形作ったペンが、同じ年にフェラーリのフラッグシップにも届いていた。

4代目シボレー・カマロのエクステリアをデザインしたのは誰か

奥山清行氏が担当した。GMのアドバンスト・コンセプツ・センター(カリフォルニア)でチーフデザイナーを務め、3代目の角張ったボディから曲線主体のスタイリングへの刷新を主導した。

ダッジ・バイパーSRT-10のエクステリアをデザインしたのは誰か

鹿戸治氏がリードエクステリアデザイナーを担当した。2000年のデトロイト・オートショーでコンセプトが発表され、2003年に量産型として発売された。

日本人デザイナーがアメリカの自動車会社で活躍できた背景は何か

アートセンター・カレッジ・オブ・デザインを通じた採用ルートが大きい。1980〜90年代のGMやクライスラーはこの学校を主要な採用元としており、国籍よりも造形力を重視する採用文化が根付いていた。